「ひとつぶのおコメの大切さ」
石川 亮(神戸大学大学院 農学研究科 植物育種学研究室)
アジアの人々の主食であるイネ(Oryza sativa)は雑草である野生イネ(Oryza rufipogon)から栽培化されました。この過程では、効率的に種子を回収できるように、野生イネが繁殖のために種子を飛散させる脱粒性を失った個体が選ばれました。このおかげで、今では大量の種子を得ることができます。2006年に脱粒性の喪失に関わった遺伝子(sh4)がScience誌に報告されました。私たちの研究グループは、sh4遺伝子の変異がイネの脱粒性を失わせる過程について調べるために、NBRPで維持されている野生イネに栽培イネのsh4遺伝子を導入したところ、簡単に種子が落ちてしまいました。そして、他に種子脱粒の抑制に貢献した遺伝子の存在を考え、qSH3遺伝子を同定しました。さらに、野生イネに栽培イネ由来のsh4とqSH3遺伝子を導入したところ、この2つでもなお種子が落下しやすいことがわかりました。そこでイネの穂に着目すると、栽培イネは穂が閉じていますが、野生イネは開いていて種子が落ちやすい構造をしています。穂が閉じる性質を支配する栽培イネ由来のSPR3遺伝子や上記のsh4やqSH3遺伝子を野生イネに導入したところ、それぞれ単独や2つ揃った場合では、種子が落ちやすいままでしたが、3つが揃うと種子が穂に多く残り集めやすくなりました。我々の祖先がこのようなイネを選んだことで、イネが作物としてデビューするきっかけとなった可能性があります。
熱帯アジアでは収穫の機械化が急速に進み、短時間での収穫が可能になりましたが、脱粒した種子が多く水田に残る事態が生じています。種子脱粒程度の改良によって、生産種子を無駄なく回収することができれば、イネの生産性向上が可能です。「おコメ粒を残さない」という日本人の「もったいない」の精神を生かしてイネの収量向上に貢献したいと考えています。またNBRPで維持されている野生イネや古い在来品種には、現代のイネにはない様々な有用な性質が潜んでいます。私たちが取り組んでいる野生イネや在来イネ品種を用いた研究についても紹介したいと思います。